スピ友との出会い

「行く」と言ってしまったけど、「オープン・サークル」というのはなにをやるのか皆目見当もつかなかった。

カウンセラーに聞いたところ、どうもMedium(霊媒師)の練習をする集まりのようだった。びっくりした。そんなものがあったなんて。当てられるかわからないデモンストレーションよりも、聖歌を歌ってお話を聞くだけのサンデーサービスよりも、俄然おもしろそうだ。

行かなくてもいいかなと思ってたんだけど、それを聞いて行ってみることにした。

地元のチャーチはFacebookにグループもあって、毎週の予定をUPしていた。次回のオープン・サークルの予定を確認するためにそれを見ていたら、なんとイベントについて日本人が質問をしているのを発見した。衝撃だった。しかも友達を介して彼女の名前を聞いたことがあった。

連絡してみたかったけど、数日迷った。だってこんな地元の教会なんかに連絡をとってる人だから、もしかしたら日本人には知られず、一人で地元の人たちの中でやっていきたい人なのかもしれない。こっちにはそういう「日本がやだから出てきた系」の人もいて、わざわざ日本人のいない遠くの語学学校へ行ったり、日本人とも英語でしゃべったりする。もしそうだったら、私なんかが連絡とったら嫌がられるかなと思ったのだ。

毎日彼女の書き込みを眺めていた。でもこれだけ「連絡してみたい」と思うならしてみればいいと思った。

思い切って彼女に直接連絡をとってみることにした。すると、なんとすぐにお茶しようという流れになった。人生なにがあるかわからない。やりたいと思ったことはやってみればいい。結果がどう出てもそれは必要な流れなのだ。

話してみると、彼女もこういう話ができる友達がほしかったようだった。のちのち彼女はもっともっといろんな人と知り合って、どんどんスピリチュアルの道を進んでいってしまうんだけど、このときの出会いは私にとって大きなものとなった。彼女もカウンセリングに行ったりと、自分の中の問題を解決しようともがいている人で、お茶の時間はあっという間だった。最初からここまで話ができるのはすごいと思った。

彼女はイベントに行くとのことだったけど、とりあえず私はオープン・サークルにも行ってみることにした。自分で自分の興味あることをやって楽しんでみる。そういうことが私には必要だった。

そしてこの国に暮らして8年、そろそろ会社以外のところでも地元の人たちと交流を持つことを考えるべきだと思っていた。仕事なら英語もなに言ってるかだいたいわかるけど、普通の話ともなるとそうもいかなかった。どんな話題が出てくるかがわからないと、外国語で話をするのはとても難しい。

でもそう言って仕事でしか地元の人とかかわらないでいたら、ずっとできないままになってしまう。会社の同僚と話ができるのは、共通の知識(と敵)があるからだ。なにより、会話というのはおもしろくないとできない。だから趣味考えが合う人たちの存在が私にとって必要だった。チャーチはまさにその場となるのではと思ったのだ。

もちろんどういう人たちがいるのかもわからなかったし、全然気の合わない人がいる可能性もあった。でも自分の興味のあることを、考えかたが似てる人と話すことは一度やってみたかった。日本人とだって、興味や考えが違うと会話もつまらない。なに人であるかではなく、自分と近い人たちと交流することがとてもおもしろそうだと思ったし、そして必要なことだと思った。

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地元のスピリチュアリスト教会へ

カウンセリングで「スピリチュアリスト教会へ」行ったことを話したら、おもしろそうに聞いてくれた。

というのも、このカウンセラー、実はヒーラーだったのだ。違うチャーチではあったけど、一時期チャーチでヒーリングをやってたらしい。ヨガの先生であり、カウンセラーであり、ヒーラーでもあるという。このカウンセラーとの出会いは、私の人生にとって本当に大きな意味があった。

それはさておき、スピリチュアリスト教会では、だいたい以下のようなサービスを行っている。

  • Sunday Service(日曜礼拝)
  • Mediumship Demonstration(リーディング実演)
  • Spiritual Healing(ヒーリング)
  • Open Development Circle(オープン・サークル)

チャーチによって違うけど、だいたい平日の夜か週末にやっている。「日曜礼拝」というシステムは、キリスト教みたいだなと思った。先日チャーチへ偶然入ってみたときにも思ったけど、聖歌を歌ったりお話を聞いたりというのは、まさにキリスト教の礼拝だった。実演をやるところは違うけど、他はもともとキリスト教の教会を真似しているのだろうと思った。

というのもたぶん、「スピリチュアリズム」の考えかたができたとき、それまであった宗教である「キリスト教」の習慣をベースにして集会を始めたんだと思う。日本でも「心霊」的なものは、たぶん「仏教」とか「神道」のやりかたや考えかたを元に作られているはずだ。だから江原さんは着物を着てたり、心霊番組にお坊さんが出てきたりするんだと思う。

地元にもチャーチがあることを知っていたので、行ってみたいと思った。礼拝には興味がなかったので、デモンストレーションに行ってみることにした。

めちゃくちゃ緊張したけど、デモンストレーションの日にドアを開けて入ってみた。入り口には受付の人がいて、緊張して「ネットで見たんですが」とかいろいろ必要もないことを言っちゃったんだけど、参加したいということがわかると笑顔で迎えてくれた。「3ポンドです」と言われて「寄付じゃないのか」と思ったけど、金額が決まってるのはやりやすくていいなと思った。

聖歌集のファイルを渡されて、女性に紹介された。小柄なおばあちゃんで、「あなた初めてなの?名前は?」とよく面倒をみてくれた。「ここに座りなさい」とチャーチの真ん中ら辺に連れてってくれて、その周りにいた人たちに「今日初めての人なのよ」と紹介してくれた。これがシルビアとの出会いだった。

時間が来ると、壇上に司会の男性とMedium(霊媒師)と思われる女性が上がった。

男性のほうがまず挨拶をして、「スピリチュアリスト教会が初めての人?」と言われたので挙手した。他にもけっこういた。「別に机が飛んだりとかしないから安心してね」とスピジョークをかまして、どんなことをやるかの簡単な説明と、「今日の歌は前に出てる番号のページです」とか説明があって、始まった。

デモンストレーションということだったけど、祈りの言葉や聖歌もあって、やっぱりキリスト教の教会みたいだなと思った。

デモンストレーションになると、女性が立って話し始めた。どんな感じだろうと思って聞いてみたけど、前回の別のチャーチでのデモンストレーションのようなかなり曖昧な感じとは違い、この時の女性の話はかなり的確だった。

「じゃあ、その後ろの白いシャツの男性」とまずを指して、そこから「こういう人が来ています」と話し始めた。おもしろいなと思った。

1時間くらいの間に、たぶん10名くらい指したと思うんだけど、どきどきしてたけど残念ながら私は指されなかった。指した人ひとりひとりについて、①どういう人(亡くなった先祖や家族)が出てきているか、②その人からのメッセージ、また最後に③プレゼントと④人名を伝えていた。

プレゼントは、例えば「あなたにはりんごをあげます」とか言うと、「りんごや果物を食べたほうがいい」というメッセージだったり、「Limitation(制限)をあげましょう」だったら、「もっとゆっくり進みなさい」といった感じ。あと人名のほうは、その名前を気にしているといいということだったり、実際にその名前の知り合いがいるなら、その人がヒントになることがあるというような意味だ。

仕事みたいな英語じゃなくて、比喩やらなんやらをすべて使って話されるから、とにかく理解するのが難しかった。Mediumは自分が見たものをできるだけわかりやすく表現して伝えようと思うから、感覚に訴えるような言葉を使うし、共通のシンボルとかを使ったりする。だから外国人である私にはかなり難しい。

例えば、日本語で「ドラえもんの道具のような」と言われても、「ドラえもん」を知らない人にはなんのことやらさっぱりわからない。知ってる人なら、「魔法のような」とか「とても便利な」という意味だとわかる。または「コウノトリ」と言われたら「赤ちゃん」と連想できるけど、その逸話のない人は「赤ちゃん」が連想できないし、まず「コウノトリ」という単語がわからない人はそれこそなんの話だかさっぱりだ。

ということで、話は半分くらいしかわからなかったけど、前に行ったチャーチより内容は格段におもしろかった。でも自分がメッセージをもらえるとは限らないし、たまに来るならいいけど、毎回は来ようとは思わないなと思った。

終わったあとにシルビアが話しかけてきてくれて、おもしろかったか、どうだったか、などと聞かれた。おもしろい経験だったと伝えると、彼女は「オープン・サークルにいらっしゃい」と勧めてきた。なんのことだかわからなかったので、曖昧にごまかそうとしたんだけど、「次の何曜日の何時にあるから、15分前にここに来ればいいから」と言われ、自分でもわからないけど「行く」と言ってしまった。

これがすべての始まりだった。

スピリチュアリスト教会へ

そんな感じで、スピリチュアルを主に興味本位から解毒ツールへ変えて利用していった私だったけれど、そこに、また変化がやってきた。

ある日突然「スピリチュアリスト教会」へ行くことになったのだ。

カトリックの高校に通っていたこともあり、英語の勉強として聖書のレッスンも受けていたことがあったので、「教会」というものにそれほど抵抗がなかった私は、一度どんなものか見てみたいと思っていた。でも住んでいる町にもあったけど、なかなか一歩が出なかった。

そんな、ある日。

海辺の町へ出かけ、帰りに駅へ戻る大通りを歩いていると、そこに教会があった。でもイギリスにあるレンガ造りのゴシックな普通の教会ではなく、シンプルな建物だった。看板を見てみると、なんと「Spiritualist Church(スピリチュアリスト教会)」だった。

どうしようか迷ったけど、おもしろそうだから近寄ってみた。いろいろとあやしげなイベントの貼り紙がしてあって、ドアがあった。人の気配がなかったから、誰もいないんだろうなと思ったけど、まあ万が一開いてたら入ってみるかと一瞬のうちに決めた。

この一瞬の決心が、大きな転換点となった。

ドアを押してみると、なんと開いた

入ってみると、ガラスの扉の向こうにホールが広がっていて、壇上で男性が話しているのが見えた。「あ」と思ったときには目が合ってしまい、手招きされてしまった。うぎゃー!!

ホール内に座っている人たちが全員、私を見た。もう入るしかなかった。

ビーチ用の大荷物を抱えて、一番前しか空いていなかったので、そこに座った。中の人たちは全員白人で、年齢層が高かった。その中に突然現れた、どう見てもビーチ帰りの東アジア人一名。ちょっといたたまれなかったけれど、もう座るしかない。

壇上の男性のお話はあまり理解できなかったので、しばらくホール内を見回していた。ほぼキリスト教の教会と同じだったけれど、男性がユダヤ教の帽子をかぶっていたのと、祭壇上には十字架もなにもなかったけど、そこら中にダビデの星があしらわれていた。ユダヤ教系列のスピリチュアリスト教会?、なんていうものがあるんだろうかと思った。

そのうち男性のお話が終わり、デモンストレーションが始まった。ここからはなんとなく理解できた。「Demonstration」というのは、日本語では「実演」かな。壇上の男性は「Medium(霊媒師)」だったようで、急にいろんな話を始めた。

「背が高くて体の大きな女性がここに来ています…そして、馬…馬が見えます。関係がありそうな人いますか?」

こんな感じで話し始めて、手を挙げた人に対して他にも見えた情報を言って、それにも思い当たることがあったら確かにその人のことなのだということで、他にもメッセージをもらっていた。最初の情報で手が挙がっても、いくつも見えたことを言っているうちに「違うな」ということもあって、すると他の該当者を探し始めた。

それまでにMediumは何人か会ったことがあったけど、実際はこの人の話が一番あいまいだったように思う。チャーチで話している人だからなんかすごいんじゃないかと思ったけど、特にそんなこともないんだなと思った。あまりアドバイス的なメッセージはなくて、主に先祖霊の存在を示すようなものばかりだった。

そのあとは普通の教会のように「Hymn(聖歌)」を歌ったりして、終わった。最後にカゴが回ってきたので、お賽銭をして出た。お賽銭じゃないか、寄付だ。

高校でカトリックのミサには出たことがあるので、教会のミサがどんなものかということは知っていたけど、学校以外でミサっぽいものに出たのは人の結婚式以外なかったので、緊張した。しかも全部英語だったし、歌も全然知らないものばかりだったし。

スピリチュアリスト・チャーチとはいえ、けっこう普通のチャーチだなと思った。確かにデモンストレーションはあったけど、なんかもっとこうスピリチュアル的な考えで行われているものと思っていた。「Jesus(イエス様)」さえ言わなかったけど、「Lord(主よ)」とか「Amen(アーメン)」とか言ってたし、なんかそれはちょっと違うんじゃないかと思った。

これが、最初のスピリチュアリスト教会体験だった。

解毒とスピリチュアリズム

SAGBで観てもらってから、日本人のMediumを何人か知り、「解毒ノススメ/スピリチュアルリーディングカテゴリ」に書いた通り、人生に行き詰まると観てもらいに行ったりしていた。でも通常の「心理カウンセリング」が始まってからは、それも遠のいていた。

私の経験からすると、問題の解決にはやはりカウンセリングがいいと思う。

スピリチュアルリーディングは、現状がどうなっているかを見るにはいい。カウンセリングでは何度も通ってたくさん話をしなければわからないことでも、リーディングなら一度でかなり大枠のことがわかったりもする。

でもそこで見えた問題を解決するには、やはりカウンセリングでないと難しい。問題をもっと詳しく分析し、癒やすべきところを癒やすには、心理学の専門家であるカウンセラーとの対話が必要だと思う。

もちろん、Mediumに言われたひとことが、それまで煮詰まっていたものを溶かしてくれることもある。でも毒親育ちの「解毒」のような大きな作業は、やはりカウンセリングをメインにして、必要なときにその他のツールを入れていくのがいいと私は思う。

私の場合は、以下のような順にそれぞれの「解毒ツール」と出会っていった。

  1. SAGBのリーディング
  2. CBTカウンセリング
  3. ヒプノセラピー(前世療法)
  4. スピリチュアル前世リーディング
  5. 心理カウンセリング
  6. スピリチュアルリーディング
  7. ヒプノセラピー(退行催眠)
  8. CBTセミナー・個人セッション
  9. ヨガ
  10. カップルカウンセリング・心理カウンセリング

この間に、関連本を読んだり、ワークブックをやったりもした。また随時、鍼灸指圧オステオパシー(頭蓋仙骨療法)も行ったりしている。

ツールにはそれぞれ長所短所があり、どれがいいとか、これひとつだけやればいいというのは私はないと思う。もちろん時間や資金の制限があるのでできるものは限られてくるけれど、そのときそのときの自分に必要なものを考えて取り入れるのが一番いいと思う。

それぞれの長所短所については「解毒ノススメ」のほうで詳しく書くとして、ここでは私が思った解毒ツールとしてのスピリチュアルリーディングについて書いておく。

まずいいところだけど、やはりそのときの自分にピタリ必要な言葉がもらえたりするので、それで一瞬でその部分は癒やされることだと思う。これは、対話を重ねて得た情報から必要な言葉を編み出すカウンセラーには、到底できないワザ。レントゲンも撮らずに病気の場所を見つけ、そこに直接薬を塗るようなもの。あれはやはりすごい。

短所としては、Mediumの力量に100%左右されるところ。今本当に必要な言葉が出るか出ないかは、そこにかかっている。またカウンセリング的なことも勉強している人ならいいけれど、そうでないと「言わなくていいこと」や「言っちゃいけないこと」も言われてしまったりする。こちらがそれを承知で行ければいいけど、傷ついてしまう人もいるかもしれない。

どんなツールでも長所・短所があるように、スピリチュアリズムにも絶対ある。どれについても全能だと思い込んでしまわずに、地に足をつけて利用することが重要だと思う。

イギリスのスピリチュアリズム

江原さんの番組で、イギリスには「Spiritualist Church(スピリチュアリスト教会)」というものがキリスト教の教会のように全国にあり、礼拝やMediumの実演、練習を行っていると言っていた。このように、イギリスではスピリチュアリズムが盛んだということだった。

でも実際に生活の中で出会うイギリス人には、もちろんそんな気配はまったくなかった。英国人の80%近くがキリスト教徒だし、たぶん普通の人からしたら「なにそれ?」だと思う。

でもやはりSAGBや他にも似たような組織もあり、日本の先祖信仰とはまた違った形でスピリチュアリズムが広まっている印象はある。

キリスト教には「生まれ変わり」の考えかたもないし、死んだらそれで終わりで、土に埋められて「復活の日」まで眠ってるだけだ。日本のように「霊とはおどろおどろしいもの」という先入観みたいなのがないので、わりと普通にただ研究されているものなのかもしれない。

その証拠に、イギリスの心霊研究会のようなところは「スピリチュアリズムのを見破ろう」というところからスタートしていると聞いた。現実的な考えかたのイギリス人らしいと思う。

ただそんなイギリス人でもおもしろいところがあって、Ghost(幽霊)の存在はわりと気軽に話す人が多いことだ。

ロンドンを始め、古い町には必ず「Ghost Walk(幽霊ツアー)」と呼ばれるウォーキングツアーがあって、夜に集合し、その土地の幽霊スポットを回る。古い屋敷やパブ(居酒屋)が多く、その幽霊の目撃談から現れる幽霊の正体などの説明を聞きながら町を歩き、最後はパブで解散となってそのまま一杯、というのが多い。ツアー会社の人もいれば、土地の歴史学者だったり、ときには役者を目指す人が、古めかしい衣装をつけておもしろおかしく、ときにこわーく連れ回してくれる。

Haunted(幽霊が出る)」を売りにしている古いホテルや屋敷さえある。どんないわくつきなのかが書いてあり、「ゴーストに会おう!」みたいな宣伝をしてたりする。ロンドンで一番の観光地「Tower of London(ロンドン塔)」では、処刑された王族の幽霊が出るのも売りだ。

こんな遠い西洋の異国でこれだけ幽霊が浸透しているというのは、なんだか懐かしくもありおもしろくもあった。まあたぶん、そんなものは信じてないけど売りになるから使っときゃいい、みたいな考えの人が大半かもしれないけど。

ただ、イギリスの幽霊は日本の幽霊とだいぶ違う

日本の幽霊というのは、もちろん自分たちを守ってくれる「先祖」や「守護霊」という発想もあるけれど、それ以外では「地縛霊」というような、なんだか恨みつらみでドロドロしてて、生きてる人を引きずり込もうとするような怖いイメージだ。

でもイギリスの「地縛霊」では、恨みつらみの話はあまり聞かない。「この屋敷が好きだから死んでもここで暮らしていたいんだって」だったり、「自分が死んだことを知らずにまだウロウロしてるんだよ」とかだったり。日本人なら「え、それって成仏させたほうがいいんじゃないの?」と思うけど、でも誰も気にしない。成仏するもこの世に留まるも個人の自由だから。

江原さんもそういう霊に対しては「ごめんね、なにもできません」と距離を取ればいいと言ってたけど、イギリス人は人も幽霊もお互いに関わろうと思ってない。だからイギリスのスピリチュアリズムもわりとあっさりで、研究対象で勉強対象になるのかもしれない。

このフラットで現実的な姿勢が、私にはとても共感できた。

SAGBとの出会い

SAGB(Spiritual Association Great Britain)を知ったのは、イギリスに来て数年のころ。

日本人の友人から「江原さんみたいな人に観てもらえるところに行ってきた」と聞いて、かなり興味をひかれた。実際に江原さんが日本から来て勉強したところで、似たような人たちが1対1で観てくれるという。でも「占いではない」というのがポリシーらしく、「なにを観てほしいのか」と聞かれて「マイフューチャー(私の将来)」とか言って電話を切られた人もいるらしい。

「占いじゃない」のか。ますます興味をひかれた。

なんといっても一番興味をひかれたのが、その金額だ。30分で35ポンド(3,500円的感覚)という、とても手軽な料金だった。これが何万円もしたら絶対行かなかったけど、この金額だったというところがミソだ。イギリスはスピリチュアリズムがとても手軽で、広く根づいているような印象を受けた。

そしてSAGBのサイトに行き着いた。そこで「Medium(霊媒師)」に観てもらった内容は「解毒ノススメ/SAGBタグ」の通り。

最初は本当に緊張した。こんなところに行くなんて「やばい人」だと思われるんじゃないかと思ってた。でも回転扉を入った受付けでは、どこの会社でも同じように面倒臭そうな表情の警備のおじさんがいて、普通に対応された。名前と予約時間を告げると、Mediumの名前と時間がかかれた紙を渡され、「あっちの待合室で待ってて」とそっけなく言われた。

待合室はすごく狭くて、他にも待ってる人がすぐそこに座ってて、いったいどんな顔をしていればいいのかわからなかった。「やばい人」だと思われたとして、向こうだって「やばい人」だ。ドキドキしながら長い時間が過ぎていった。

おじさんというかおじいさんがひょこっとやってきて、「Are you waiting for Terry?(テリーを待ってる人?)」と言った。そうだ、私の予約した人は「テリー」さん。田舎で庭の花に水をやってそうなおじいさんで、霊が見えるような大それた人には到底見えなかった。

日本のテレビでは霊能者というとたいてい着物を着てたり、セットもなんだかおどろおどろしいものや逆にキラキラ系だったりしたけど、ここは本当に普通の歴史あるイギリス的な建物で、普通の人が働いていた。Mediumになりたい人のためのコースも開いてる学校だし、ロンドンによくある語学学校みたいな雰囲気だった。

このフラットなところがいいなと思った。

テリーさんも特におどかしてきたりすることもなく、癖なのか手を下にかざしてふよふよさせながら、あーでもないこーでもないとなんだかふわふわした話を聞かせてくれた。歳のせいもあり、半分もう向こうの世界に入ってしまっているのではと失礼なことを思った。「違うとこがあったら違うって言って」と最初に言われ、「当たったことを言ってびっくりさせなきゃいけない」というようなこだわりもなにもなさそうだった。

私のことを大好きだったというおばと、曾祖母が来ていると言われた。そして部屋の隅に母方の祖父がおり、禿げた頭に黒縁の眼鏡の男性で、腕を組んでテリーさんを試すように観察しているとのこと、また父方の祖父がテリーさんと私の間に座っており、にこにこしながらたばこをふかしていると言われた。

当時このおばには心当たりがまるでなかったんだけど、のちに伯母だとわかった。母の姉で、ずいぶん前に亡くなっている人がいた。「そんな人はいない」と言ってしまったけど、テリーさんは合っていた。また出てきた曾祖母は、部屋の隅の眼鏡の男性(母方の祖父)のほうの母親である、ということも当たっていた。

実におもしろかった。別になにに役立つこともなかったけれど、純粋におもしろかった。

私もそれまでは、そういったものは「オカルト」のたぐいとして考えていた。でもこんなにも普通に観てもらえるなんて、そんな特別なことでもないのだと思うようになっていった。

はじめに

私が最初にスピリチュアルに興味を持ち始めたのは、子供のころのテレビだったと思う。

相当な怖がりだったにもかかわらず、心霊番組が大好きだった。実家には大きな仏壇があり、毎日寝る前やなにかあったときはご先祖さまに手を合わせて育った。多くの日本人がそうだと思うけど、霊魂の考えかたはとても馴染みのあるものだった。

子供のころは「」がとても怖かった。「死ぬと瞳孔が開く」と聞いて自分の目を鏡で見て、自分の手が影になって瞳孔が開くのを見て恐怖に怯えたりしていた。死んだらどうなるんだろうと考えて、幽霊になってそこら中をフラフラしているのだとしたら、地球は今までに死んだ人たちの幽霊であふれかえってしまって大変なことになってるのではと思ったりした。

大学受験のときにはお墓参りをして、先祖に成功を祈った。無事に希望する大学のひとつが受かったときは、お礼参りもした。なんのつながりもない神社の神様よりも、会ったことのある先祖のほうが協力してくれるんじゃないかと私は思っていた。

それくらい、「先祖」や「」といった考えかたは身近だった。

そもそも、実家にはスピリチュアルな逸話があった。祖父が亡くなり、その一年後にその母親である曾祖母が亡くなったんだけど、祖父は自宅で亡くなり、曾祖母はそのとき入院していた。亡くなったことを伝えに叔母が病院へ行くと、曾祖母は「さっき政(祖父)も来たぞ」と言った。一族の間では、亡くなった祖父が母親に最後に会いに来たのだと言われている。

実家での生活は悲惨なものだったのでなにかに頼りたく、パワーストーンのネックレスや、水晶球も持っていた。占いも好きで、タロットカードのようなものも持っていた。実家を出て東京に住み始めてからは、当たると言われる占い師に見てもらったりもした。あまりテレビを見ることはなかったけれど、宜保愛子さんや江原啓之さんの番組も好きだった。

それでも、ごくごく普通の人だったと思う。女の子ってみんな占いとか好きだし、実際に江原さんの講演会とかも大半が女性らしいし。たまに占いとか行ったり、雑誌を手にすると星占いを見たり、ネットで無料の占いっぽいものをやってみたり、その程度だった。

そこに変化が出てきたのは、イギリスに移住してからのこと。

人から聞いて実際に「Medium(霊媒師)」と呼ばれる人に観てもらったり、スピリチュアルに関する話を人とするようになった。思えば、イギリスに来てからだんだんとスピリチュアルに関心のある人との出会いが多くなっていた。まったく関係のないことで知り合っても、あるとき突然スピリチュアルな話になって驚いたりした。それもだったのか、布石だったのか。

「スピリチュアル」関連でも「解毒」に関わるところもあるので、「解毒ノススメ」にも書いてるし、これからも書くつもりではある。でも「解毒」と関係ないこともたくさんあって、それも書きたくてどうしようと悩んでいたところ、別にブログを作って自由に書くことを思いついた。これなら「解毒」気にせず好きに書ける!

ということで、ここは主に「スピリチュアルな体験」を書いていきます。お好きなかたや興味のあるかただけお楽しみください。